路上生活からノーベル賞学者
路上生活児からノーベル賞学者へ-何だか信じられないくらいすごいことですよね。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071011-00000097-jij-int
カペッキ博士のこれまでの人生はまさに波乱万丈。詩人で反ファシスト運動をしていたお母さんは「未婚の母」だったそうですが、博士の年齢を考えると随分「進んだ」女性だったんだなと思いますね。
お母さんが強制収容所に送られた後、農家に預けられたものの脱出、4歳半で路上生活をして生き抜いたと言うのだからそのハングリー精神にはものすごいものがありますよね。
その後も、栄養失調で運び込まれた病院で母親と再会するなんて映画やドラマでもなかなかないようなことですよね。
アメリカで始めて学校に通うようになったとのことですが、特定の遺伝子の機能を失わせた「ノックアウトマウス」を作ることに成功。病気の原因解明などに幅広く貢献する技術を確立し、今回の受賞につながるわけですね。頭脳が優秀だったのはもちろんですが、やはりハングリー精神が研究の場でも活かされたのかなと思ったりします。
「不可能なことは何もない」と言うのが信条だと言うカペッキ博士。これまでの博士の人生を見ると不可能に近い環境を自分の力で生き抜いてきたことがわかります。
ノーベル賞の受賞はすごいことだけれど、それ以上に、博士の生きて来た過酷な人生を思うとビックリし、そして感動しました。
路上生活児からノーベル賞学者へ=カペッキ博士の波乱人生-米
【シリコンバレー11日時事】ストリートチルドレンからノーベル賞学者へ-。ノーベル医学・生理学賞の受賞が8日に決まったばかりの米ユタ大のマリオ・カペッキ博士(70)=米国籍=の波瀾(はらん)万丈の経歴に全米の注目が集まっている。
報道によると、博士はイタリア生まれ。第二次大戦中の3歳の時、詩人だった母親は、反ファシスト運動に参加したとして秘密警察に連行され、強制収容所へ送られた。母親は未婚で、マリオ少年は農家に預けられたものの、程なく農家の困窮した生活から脱出、4歳半で「路上に飛び出した」という。物ごいや盗みを働き、必死に生き抜いた。
転機は9歳の時。栄養失調で運び込まれた病院に、終戦で収容所から生還した母親が迎えに現れた。母子は親族の招きで渡米。マリオ少年が生まれて初めて登校したのは米国に到着した翌日だった。
名門ハーバード大で博士号を取得したカペッキ博士はその後、特定の遺伝子の機能を失わせた「ノックアウトマウス」を作ることに成功。病気の原因解明などに幅広く貢献する技術を確立し、今回の受賞につながった。
博士と旧知の教授は米紙に、博士は実現困難と批判されても、「重要課題を追究する強靱(きょうじん)な意志を持っていた」と語った。「不可能なことは何もない」が博士の信条という。(時事通信)
Posted by ふう&まい : 17:34 | Comments (0) | Trackbacks (0) | 今日もし・あ・わ・せTop ▲
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